


安藤忠雄の初期の建築で、15坪の敷地に建てられている。
予算的にもタイトだと聞いている。
たしか、当時はおばあちゃんが住んでいたと思う。
今も住んでいるのだろうか。
トイレに行くのに雨の日は濡れるか、傘がいる家とは。
普通の家づくりでは生活動線、家事動線は便利なように
当然のごとく考えていく。
それだけではない建築の奥深さと面白さを感じる建物です。
以下本人の文章です。
建築をぬける風
私の初期の仕事である「住吉の長屋」の核心は、
狭い敷地の三分の一の面積を占める中庭の存在にあった。
住まいの中に直に自然が入り込んでくる分、冬の寒さは厳しい。
雨の日には傘をさしてトイレに行かねばならない。
住まい手に不便な生活を強いる提案は、
ときに建築家の横暴と批判を受けた。
だが、住まいの何を喜びとするかは、そこで過ごす
人間の価値観の問題である。大阪下町の猥雑な都市環境を前に
生活とは何か、住まいとは何かを徹底的に考えた末、私は、
自然と共にある生活にこそ人間生活の原点があるという結論に行き着いた。
スペース、コストともに極限に近い条件下での都市住宅
―だからこそ安易な便利さより、天を仰いで
“風”を感じられる住まいであることを優先した。
この小住宅を原点として、今日まで30年間余り建築活動を続けている。
年代を重ねるごとに仕事の規模は大きく複雑化して、
現在は欧米から中東アジアまで、
世界各国で都市プロジェクトを手掛ける状況だ。
だが、“建築を通じて何を表現するか”という根本の姿勢は
30年前から何も変わっていない。15坪足らずのコンクリートの長屋、
中東のアブダビで計画中のモニュメンタルな文化施設、あるいは現在、
東京で進めている環境を主題とした都市再編プロジェクト
――いつも心に描いているのは、人々の心に生の感動をもたらす建築をぬける
“風”の情景、自然と共生しつつそこに住まう人間の意志を表現していく建築だ。
安藤忠雄